ぐ~たらワニのぷらり散策日誌

色んな所へ行って、色んな事を知りたい。

花巻ノート

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花巻での2か月ほどの暮らしが終わり関東に戻ってきました。
あちらでの夏は曇りがちで夕立も多く、よく傘を忘れては鉄のにおいのする雨にやられました。晴れた日は存外こちらと変わらぬ暑さで、しかし空気が乾燥しているので比較的過ごしやすかったように感じます。

 短い期間だったのでまあ良いかとテレビは買わずに、簡素なラジオでオールナイトニッポンをよく聞いていました。それまでラジオは車で移動中のときなどにしか聞いたことがなかったのですが、視聴者から送られてくるメールが紹介されると、世の中にはいろんな人がいるんだな~ということがわかって面白かったです。

本もよく読みました。

特に岩手に関する本は色々と手に取りました。

 いくつか紹介します。

 

荒俣宏・高橋克彦の岩手ふしぎ旅 (実業之日本社文庫)

荒俣宏・高橋克彦の岩手ふしぎ旅 (実業之日本社文庫)

 

 荒俣宏高橋克彦が岩手を歩き回りさまざまな不思議について語り合い、

オカルト的なものの見方で歴史を紐解いていくのが面白いです。

普通の観光雑誌等では知り得ない知的好奇心を刺激されるスポットが満載です。

この本を読んでいなかったら今回の岩手滞在も少し退屈なものになっていたかも。

 

 

水木しげるの遠野物語 (ビッグコミックススペシャル)

水木しげるの遠野物語 (ビッグコミックススペシャル)

 

 花巻からほど近くにある遠野は数々の不思議な民話で有名ですね。

遠野へもぜひ訪れてみたいと考えていたので予習のために読みました。

初めは柳田國男遠野物語を手に取ったのですが、どうにも読みづらくて。

もっとわかりやすいものはないか?と探していたら水木しげるの漫画があると知りさっそく図書館で借りました。

水木しげるの絵を見てるだけでもかなり面白かったのですが、原作を忠実に再現しているようで結構読みごたえがありました。

遠野へは花巻を発つときに寄ったのですが、結局時間切れであまり見れず仕舞いだったのでまたリベンジしたいものです。

 

 

盛岡ノート

盛岡ノート

 

 以前、長野の美術館を訪れた際に立原道造を知り、その詩や絵の中に漂うメルヘンさとメランコリーな雰囲気の調和が心地よくいっぺんに好きになりました。

この盛岡ノートは彼が亡くなる前年、療養のため滞在した盛岡での暮らしを散文詩的にしたためたもので、ゲーテの「イタリア旅行」を模して恋人アサイに向けたものだと言われています。

 

この世でめぐりあった人たちのところに 

ふたたびかえれるか どうか とうにわからない ここは 

ちがった世界だ そして 僕の年齢はどうなったのだろうか 

あのうずたかい僕の昨日は? おまえのところへも 

ふたたび 僕はかえれるのだろうか

 

だが眼にうつる風景 それさえも 奇妙にあたらしく 

あざやかに とおい夢のなかで見たもののように 

そのなかに 僕のからだがあるのではないように

いま僕のまえに立っている

はじめて出てゆくこの町 それが僕にまた 

どんな変容を加えるだろうか

 

いつも対話― そこにだけ やはり僕は 自分の生を おかなくては ならないだろう

 

日記への書き写しなので誤字脱字もあると思いますが・・・

現状からの脱却と変化への期待のようなものが感ぜられて好きな箇所です。

そしてこれを東北で手にすることで少しばかり彼の生に触れたような気がしました。

 

とまあこんな感じです。

 

 

 勉強漬けの毎日でしたが、人間のあまり住んでいない地域の、特に自分のことを知る人のいない土地で気ままな生活をすることができて楽しかったです。自分のことを誰かによくよく知られてしまうと、その分自分が失われてしまったような心持ちになり不自由で生きづらいと感じてしまいます。

 いつか、そんなのはいけないと明るいふうを装って色々な人と関わりあってみたりした時期もありましたが、これは大失敗して逆に厭世的な考えを助長させただけでした。こうした考え方で悩んだことも随分ありましたが、それほど悪いことではないと思えるようになってきたここ数年は、うそっぱちを並べてみたり秘密主義を気取ってみたりと遊び半分で生きていて、手放しで良いことだとは思いませんが、まあ、無理をして世間一般の常識に沿おうとしたって労力の無駄遣いだという気がしてならないのでいまのところはこんな感じでなんとか折り合いをつけているといったところです。

 でもまあ欲を言えば少しは社交性を身に付けて、これまで対人を避けることでなんとかやり過ごしてきた物事を軽く受け流せるようになれれば省エネで楽~に暮らしていけるのかもしれませんね。

 この2か月、日常と離れ遠い土地で自分のこれまでとこれからについて改めて考え始めることができたような気がします。そんな気がしただけで実は何も変わってないのかもしれませんが。

 

 いやー、人間界きびしー。